『選ばれない側』の人間だと気付いたのは、最近の事だ。

——「お父様は特別な御方だから、ここを出てはいけないの」
——「でも、そのうちお迎えが来るのよ。安心して頂戴。そうしたら貴方はね、選ばれし神の御使いの御子になるのよ、ユヅキ! 貴方は選ばれた子よ!」

 在りし日の母は、美しいブロンドの髪をなびかせこう繰り返した。幼心に見ても美しい、自慢の母だった。
 二人きりの暮らしに、ユヅキは充分満足していた。

 けれど、母があまりに楽しそうに父との暮らしを語るから。
 ユヅキも無邪気に、素晴らしい暮らしを、父が迎えに来る未来を思い描いた。

——「もっと、近くに……顔を、みせて、ごほっ、えほっ」
「大丈夫、お母さん……僕はここに居るよ、僕は、」
——「嗚呼、貴方の瞳は何と美しいのでしょう、枢機卿様」
「……え」
——「イチミヤ、枢機卿。お慕い、しております——」
「お母さん?ねえ、お母さん?どうして、何で……」

 母が呟いた言葉の意味は、幼いユヅキには分からなかった。
 病床の母は、ユヅキの瞳の奥を見つめる。いや、瞳『だけ』を、盲信的に眺めていた。
 自慢のブロンドはまばらになり、白いものが混じっていた。

 やがて、『あの日』が訪れた。
 父からの連絡は、一切無かった。
 頃合いを見計らったように、地区の神父が来ただけだった。

「慈しみ深き神よ、貴方の元に召された者が、主の復活にも結ばれることが出来ますよう――」
「――要りません」
「は?」
「要りません。祈りは」
「しかし、お母様は」
「母が求めていたのは神なんかじゃありません」
「何を仰います、お母様は敬虔な信徒として」
「父です。一刻も早く、父に連絡をして下さい。俺と同じ目をしているであろう、父に……」

 それでも、父からの便りは無かった。

「え……それだけ、ですか?」
「何を言うのですか、同じお屋敷で暮らしが続けられるのですよ。規模の小さい極東支部としては、贅沢すぎるくらいの処置です。生活費の支援も潤沢にありますし、それに必要なものがあれば、職員がいくらでも用意すると」

 俺の欲しいものは、そんなものじゃない。
 でも、『それ』は、いくら願っても与えられない。
 ならいっそ、与えられるものを願えば良いんだ。

「シノワズリのティーセットを一式、お願いします」
「本部ご用達の名門窯元が欧州にあると聞きました。市場にあるヴィンテージの内、過去の枢機卿が愛用した――」

 ここまで来ると、平凡な思考回路の持ち主としては、遂に認めざるを得なくなる。
 俺は、父に、選ばれなかった。

 ……でも、俺は、特別だ。特別な、筈なのだ。

「……だれか」

 骨董品に埋もれた館で、ユヅキは一人声をあげる。

 誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。

 俺を………………

「……なんてね。馬鹿らしい」

 ユヅキは自分を落ち着けようと、紅茶を淹れる事にした。


  +  +  +  +  +  +  +  +  


 『選ばれなかった』人間に、ハッピーエンドは訪れない。

 それは至極簡単な摂理で、誰もが認めざるを得ない答え。
 どんなに自分を飾り立てても、王子様には成れない。

「ナオ先輩……ちゃんと生き返ってくれましたね」
「今日のドレスも綺麗ですよ……」
「……ユヅキ、早く殺して」

 選んだ人を飾り立てても、お姫様には成ってくれない。

「もう一秒でも長く、生きていたく無いんだ……」
「分かってますよ」

 それなのに俺は、まだ声をあげている。
 まだ、何かを願っている。

「ナオ先輩…いつか俺が、あなたを救い出します。それまではゆっくり、眠っていて下さい」

 返事の無いお姫様モドキに、ユヅキは銃口を向けた。

 誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。

 ◆◆◆◆を………………

「……なんてね。馬鹿らしい」

 銃声と共に飛び散る鮮血は、頭を冷やすには充分過ぎた。

 そうして、イチミヤユヅキは呟く。
 全くの他人であり、今は自殺志願者の抜け殻――――――
 ミズカミ、ナオの名を。

 

 

 

 

 

 

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